あと何日かで、リシケシュを離れる準備をしなければならなくなった。
ニケタンを出たらもっと北に、ダラムシャーラーに行くつもりでいた。
手段としては鉄道は無いのでバスになる。バスでデラドゥンまで行き、乗り換えてダラムシャーラーという一晩と半日の旅。なぜいつも夜行を使うのかというとホテル代が一泊分浮くからであった。貧乏旅の基本。
ジョン夫婦も私と同日にチェックアウトする。同じ様にダラムシャーラーに向かうそうで 良かったら一緒に行かない?と誘われていたのだが、実は彼らは新婚旅行中なのだ。2人ともバツイチ同士で再婚したばかり。それで納得。ジョンとワクワク話をしていると ユワンが妙な感じになるのを知ってはいたので、考えとく、と返事していた。
こんな時 男だったら良かったな~と思う。
クンブメーラに合わせて、この週末 ニケタンでも祭りみたいなのをやってはいた。お偉い人達が沢山来ていた。メンバーというか出資者というか、そんな方々が集まり賑わっていた。この三日間は別の調理人が来ていて、通常と違うメニューだった。オイリーだが確かに豪華だった。でも私はいつもの方が好き。
特別な揚げ菓子と 食事の前に唱える祈り
そして日曜日は ヨガの道場を開放して、リシケシュに集まった信者達サドゥ達を迎え 無料でこの豪華な食事を提供していた。
リシケシュの街に出て、インドの音楽を買おうとCDショップに入った。
瞑想、ヒーリング、インドポップス、ヒンドゥ、仏教、タオなどが壁一杯に並んでいる。色々眺めていたら、お店のおじさんがそれらは一枚で340~350ルピーだけど、これならそこの列の全てが入っていて350ルピーだよ、とコピーCDを勧めて来た。
ねえ、それ大丈夫なの?著作権って無いの?あるけどいいんだろうなあ、ここではきっと。
結局買わなかった。後でひどく後悔はしたが。
ユキのホスピタル騒ぎで、何だかインド人の間で私の株が上がったようだ。
みんなが声を掛けてくる。英語が話せないおじいさんがヒンドゥで一生懸命話しかけてくる。全然何言ってるか解らない。しかし、どうも私の言う事は解るらしい。この人がジャイさんという人に私の事を色々話していたようだ。食事の時、このジャイさんが話しかけてきて、ここを出たらダラムシャーラーにいくと言ったら、私が途中まで乗せていってあげようと提案してくれた。このジャイさん、ヨガをアメリカで教えたりして とても偉い人みたいだった。それはとても嬉しい提案だったので喜んで受けようと思った。でもしかし、人間と言うのはわからない。ヨガティーチャーのサッチンは、彼は講話(説教)はとても上手いよ、でもプライベートな個人的なことは分からない、どういう人間かは知らないと言った。一応ニケタンのスタッフに相談する。病院に来た長身の彼は それはすごいよ、彼なら大丈夫、是非連れて行ってもらいなさいと言った。パルモスも彼は信頼できる人だと思うよ、大丈夫だよと言ってくれた。じゃ、お願いしようか。明日の朝7時に食堂前に約束した。早速ジョン夫婦にその事を伝えた。
ユキは私もジョン達もいなくなるんじゃ嫌だ、独りでもデリーに行くと言った。
デリーに行っても一緒だよ、すぐ日本に帰るのは無理だから デリーで通訳のいる大きい病院に行って体力が回復するまで入院したらいいんじゃない?と提案する。うん、そうしようかな、すみませんが、ニケタンの人にバスの予約をしてもらえないかな?とユキ。にわかに心配になる。無理だろ。バックパックでデリーまでバスに何時間も乗れるか????
いや、待てよ。確かレクチャーで私をからかったインド人2人組(30代と50代♂)が今夜デリーに向かうって言ってたな。よし、彼らに便乗できるか聞いてみよう!我ながら素晴らしいアイデア!!ユキにパッキングしておく様に伝え、夕食前に彼らを捕まえた。そしてジャビール(30代の方)に ユキを同じ便に乗せてってもらってもいいか尋ねる。彼は、今ね クンブメーラのせいで 道が混んでて大変なんだ、バス停まで行ってくれるタクシーがないんだよ、いま それで知り合いに車を頼んでいるんだけど 遅れてるんだ、もしかしたら明日になっちゃうかもしれないけど、それでもいい?という。もちろん!面倒を見てくれなくてもいい、ただ独りで行かせるのは心配なのでお願いしたいんだ。多分彼女はデリーに着いたら 大きな病院に行くから、デリーまで何とか同行者がいると安心なの、と言うと 分かった、任せておいて、大丈夫!!僕らが責任持って連れて行くよ、なんなら病院まで送っていくから心配しないで~と言ってくれた。この時、私の感謝は爆発した。よ~かったぁ~~!!これで心おきなくニケタンを去れる~。
夕食時にユキを2人に紹介した。彼らはユキに、ごめんね、まだ運転手から連絡が無いんだ、何時になるか分からないんだけど用意だけはしといてね。もし彼が来れなかったら明日になるけどいいかな、連絡があったら教えるから、と言っていた。彼女もホッとしたようだった。
夕食が終わって片付けていると、ごめん、運転手から連絡があって今日は無理みたいなんだ、明日の朝出発になったよ、と教えてくれた。うん、わかった、仕方ないね、OKだよと答える。
みんな明日出発だね、今夜はゆっくり眠りましょうと各人自分の部屋に戻る。
滞在中少しだけ大きくなった施設内のマンゴーの実
アシュラムから見える景色。夜、山火事になると赤い炎が美しかった。
朝、気持ちよく目が覚め 準備万端にして外を見ると、ユキの部屋の前でパルモスとニケタン専属運転手とユキが何やら話している。なんだなんだ?と行ってみるとユキに バスの予約キャンセルしてくれなかったんですか!?と問い詰められる。え?何?あの2人組と行くんでしょ?予約なんて頼んでないよ、どの便か分からないし しなくても乗れるでしょ?
パルモスになんなの?と聞くと、あの2人組はもういないよ、昨夜遅く発ったよ、という。
え゛~っ!!!!どういう事? どういう事??頭が真っ白になる。パルモスに昨夜の流れを説明すると、それいつ約束したの?と言う。夕食の時にユキを紹介して、9時過ぎに明日になった言われて部屋に帰ったのよ。いや~、でも その前に彼らは僕に 病気の日本人なんか連れてかないよ、とにかく運転手が来たらすぐここを発つって言ってた。
私は走って、彼らの泊まっていた部屋に行って確認する。鍵がしっかりかかっていた。そんな・・・。
パルモスは 門番が昨日の夜 男が2人発ったのを確認しているから間違いないよ、彼らはもういない、だから ユキは独りでも発つって聞いてたから 運転手を頼んだんだよって言った。私があまりにものショックに言葉を失ってると、パルモスは 本当に酷い奴らだ、もう今度あいつらがここに来ても絶対に泊めない!って励まして(?)くれた。今回は頼み込まれて 嫌々泊めてあげたんだと言った。
あれだけ任せてよと大口叩いたのに。 あったま来た!!怒り心頭!!
病人相手にしゃあしゃあとそんな嘘つくなんて ひどいっ!!!
ユキに事の成り行きを説明して誤解を解く。彼女は表情を変えずに、いい、もう独りでこのままデリーに行くと言った。私はパルモスに 独りでも大丈夫だと思う?と聞くと、うん大丈夫だよ、背の高い 病院に行ってくれた彼にバス乗り場まで行く様に頼んであるから、彼が責任持ってデリー行きのバスに乗せることになってるよ、と言ってくれた。ああ、彼がいるなら安心だ。。。
ありがとう パルモス!!
ユキのバックパックを運転手に渡し 部屋の前に止めていた車に乗るのを見届ける。
気をつけてね。うん、お世話になりました。
さようなら ユキ。